認知症ケア

あなたは知っていますか?認知症と生きる方の気持ち

認知症ケアをする上で、相手の気持ちを想像することはとても大切です。

想像することで、正しいケア、よりよいケアにつながります。

 

しかし、われわれは認知症ではありません。

今日が何月何日で、今が何時かもわかる。

なぜここにいるのかも理解できる。

 

認知症の気持ちを想像しろと言われても難しくないですか?

食材がないのに料理を作ってくれと言われているようなモノです。

 

この記事では、認知症と生きる方の言葉を紹介していきます。

少しでも認知症の気持ちが伝わってもらえたら幸いです。

 

記事を書いている人

この記事を書いている僕は、10年以上の介護経験がある現役の介護士です。

介護福祉士と福祉用具専門相談員の資格を持っています。

Twitterもやってます。(@shinbloger

認知症と生きる方が語ってくれた言葉

分かってもらえない歯がゆさ

左手の親指に、あかぎれが出来ました。

ひりひりと痛んで、そこだけが生きている、と主張しています。

誰が見ても、痛そうね、と言ってくれますからきっと、皆さんに経験があるのでしょう。

 

目に見えるというのは分かりやすいですね。

共感して頂けますから…。

 

同じように傷ついてはいますが、

見えないと言うことで、分かって貰いにくい。

この病の奥ゆかしいところです。

 

今日は、散歩をして

午後からはゆっくりと休みました。

ちいさな痛みも愛おしい。

引用:あやちゃん
『ブログ もの忘れネットカフェ2号店』

 

まるで霧の中にいるような

まるで頭の中に綿がつまっていて、思考と感情に霧がかかっているような感じがする。

つまり、焦点を定め、注意を払い、自分のまわりで起きていることに ついていくのが難しい。

引用:クリスティーン・ブライデン著

 

ひとつずつ ひとつずつ

私もつい今までの癖で、二つ以上のことに同時に手をだしてしまうことは今もある。

少ない時間で沢山のことをこなすことが求められた時代を生きてきた者の性は、そう簡単にゼロセットできるものではない。

 

だが、私たちのような病を持つものにとって、それは逆にアダとなる。

右手にナイフ、左手にカップを持ち続けてきた者が、突然ナイフだけ、と言われて途惑うが、ナイフだけを持つことが必要なのだ。

それでないと怪我をする。

 

以前は「新聞を読みながら」「食事を取った」が今は出来ない。

新聞を見ながら箸を口に運んでくることが難しい。

 

まして、洋食のナイフとフォークで食べる……

などということは出来ない。危ない。

 

だから自分を積極的に飼いならして、

「一度に一つ」と私は決めているが……難しい!

引用:水木理
『ブログ 認知症一期一会』

 

ついていけない

周囲の騒音や動きは脳を混乱させて、事態をいっそう悪化させる。

 

ショッピングセンター、診療所、認知症患者のデイケア・センターやナーシングホームでも、ラジオやテレビ、電話、人の話し声などがよく聞こえているが、自分のまわりでそんな騒音や動きがあると、今起きていることを追い続けていくのがとても大変になり、ひどく疲れてしまう。

引用:クリスティーン・ブライデン著書

 

なんで?なんで?

うまくものが置けたな、と思ったけど、全然違うところに置いている。

そういうことがしょっちゅうあります。

だから、「なんで?なんで?」という思いがどんどん出てくる。

 

そんなふうになって、いろいろ日常生活でうまくいかないことが出てくると、ああ、もう、なにもしたくない、というように落ち込んでしまいます。

落ち込んでしまうと、もうどうしようもなくなります。

引用:太田正博著
『認知症と明るく生きる
「私の方法」マイウェイ』

 

歩くとおちつく

うろうろ歩き回ると、なぜか緊張がほぐれる。

その動作によって、今日は何曜日だったか、今何時なのか、自分が何をするつもりだったのか。

自分がわからない、という現実から、気をそらすことができる。

 

自分が何をするつもりだったかは思い出せないが、歩き回ることで自分が何かしているような気持ちになり、私の中に鬱屈しているエネルギーと、何をするつもりだったのかわからないイライラが発散されるのだ。

引用:クリスティーン・ブライデン著書

 

いつも緊張している

私の場合、なんとなく……行動する……と不自然な状態になることがあります。

ですから、どんな小さな行動でも……

 

例えば、靴は履く時には大げさに言えば、「今から靴を履く、きちんと履けたか………」と指差して確認するときには間違えません。

意識して行動しているからでしょう。

 

又、駅の自動改札でキップを差し込むときにも無意識に差し込むとなぜが止められることがあります。

「なんとなく……できた」ということはまれになっていますから、行動する時にはいつも緊張していなければなりません。

 

と……いうことが原因で人の何倍も疲れてしまうのです。

引用:水木理
『ブログ 認知症一期一会』

 

不思議。

夕ご飯の後に寒いと思って、上に羽織る物を探しました。

カーデガンが欲しいと思いました。

押入の引き出しを探しましたが、見つかりませんでした。

別のケースも見てみましたが ありませんでした。

タンスにはどうかなと思って探しましたが、ありませんでした。

 

どこかに仕舞ったとは思うのですが分かりませんでした。

ちょっとソファで寝てしまったようです。

 

今、起きてみたら、家の中が洋服でいっぱい。

一階の奥の間も二階の和室も衣装ケースが空っぽ。

何か、洋服の海、足の踏み場もなくて……。

 

どうしたのでしょう。

どうやって仕舞えばいいのかしら。

困りました。

 

こういう事も起きるのですね。

不思議。

引用:あやちゃん
『ブログ もの忘れネットカフェ2号店』

 

話すだけでつかれる

今の私にとって、話すことは常に苦闘である。

話し方はどんどんゆっくりになり、言うことはますます混乱してきている。

 

きちんと棚に整理されていた言葉のファイルが、床にぶちまけられているようなもので、バラバラになった言葉の山から必要な言葉を探しださなくてはならない。

 

その言葉やそれに近い言葉が見つかったら、今度はそれをどう発音するのか、文章のどこに入れればいいのか、考えなければならない。

もうお手上げだ。

引用:クリスティーン・ブライデン著書

 

朝は調子がいい

認知症は「固定されたものではない」ということです。

普通のときとの連続性があります。

 

ボクの場合、朝起きたときが、いちばん調子がよい。

それがだいたい、午後一時ごろまで続きます。

午後一時を過ぎると、自分がどこにいるのか、何をしているのか、わからなくなってくる。

 

だんだん疲れてきて、負荷がかかってくるわけです。

それで、とんでもないことが起こったりします。

引用:長谷川和夫著書

 

良くなったり、悪くなったり

認知症はなったらそれはもう変わらない、不変的なものだと思っていました。

これほどよくなったり、悪くなったりというグラデーションがあるとは、考えてもみなかった。

引用:長谷川和夫著書

 

同じように傷つく

悪口をいわれたり、ばかにされたりしたときの嫌な思いや感情は深く残ります。

 

だから、話をするときには注意を払ってほしいと思います。

認知症の人が何もいわないのは、必ずしもわかっていないからではないのです。

引用:長谷川和夫著書

 

置いてけぼりにしないで

何かを決めるときに、ボクたち抜きに物事を決めないでほしい。

ボクたちを置いてきぼりにしないでほしいと思います。

引用:長谷川和夫著書

 

1メートル

話しかける際は、遠すぎず、近すぎず、その人と一メートルくらいの距離をとったところで言葉をかけてもらうのが、ちょうどいい。

引用:長谷川和夫著書

 

褒められればうれしい

認知症になったら「何もわからなくなる」と思っている人がいます。

でも、繰り返しますが、そんなことはありません。

心は生きています。

 

嫌なことをされれば傷つくし、褒めてもらえばやはり嬉しい。

引用:長谷川和夫著書

 

最後に

今回は、認知症と生きる方が語ってくれた不自由さや生きずらさを紹介しました。

 

介護職であれば、認知症の方と接する機会は多くあると思います。

僕も、日々認知症の方と接しています。

 

しかしこれだけ具体的に認知症の方の不自由さや生きずらさを聞く機会はないです。

ハッと気づかされる言葉が多くありました。

 

認知症の気持ちが多くの方に伝わり、よりよいケアが広がればと思っています。

 

今回は以上になります。

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